豆焼沢鍾乳洞探検ケイビング

1989年9月10日(日)。晴れのち雨。埼玉県秩父郡大滝村(現秩父市)滝川の支流、豆焼沢にある豆焼沢鍾乳洞で第2次探検ケイビングを行う。参加者は芦田、伊藤、白幡、広瀬、山岡の5名。
 PCCでは5年前の1984年の4月15日に第1次探検ケイビングを行っている。しかし、レンタカーを利用していたので、活動できる時間が十分になく、さらに思いもよらぬ大積雪のおかげで1時間あまりしか探検及び調査が行えなかった。この時は洞内と外気の気温差は、とくに感じられず、水の流出量も、それほど多いとは思えなかった。その後、再探検のチャンスをうかがっていたが、豆焼沢鍾乳洞の位置が、あまりにも山奥だったため、今回まで延び延びになってしまった。
 国道140号線豆焼大橋の手前まで車で入ることができる。そこから豆焼沢の左岸沿いに続く作業道を1時間歩くと、4mくらいの滝が2段になったトウの滝の下にたどり着く。ただし、この作業道は後半になると非常に荒れ始める。道を失いやすいので注意が必要である。
 トウの滝の右側の壁を巻いて、その上に出ると平坦な河原がしばらく続く。約200mほど進むと左岸に石灰岩壁が現われ、ちょうど顔の高さぐらいの所に奥行5mほどの小さい洞穴がある。さらに、その上方8mぐらいの所にも約30mの洞穴があるが、今回は装備と時間の都合で入洞しなかった。これらの洞穴は豆焼沢の遡行記などで、よく紹介されているものであるが、とくに名称がないので、前回の豆焼沢鍾乳洞第1次探検ケイビングの時に『トウの風穴』と命名しておいた。
 そこより、さらに200mぐらい進むと、左岸より25mほどの多段式の滝が落ちてきている。その滝の源が豆焼沢鍾乳洞の第一洞口であるが、その水量は前回に比べて5倍以上あった。これほど多量の水を流出する湧出口は秩父では他に例を見ない。1000m級の大ガマタ沢・ケイ谷洞よりも多い量でである。この水量ならば、確かに大規模な洞窟になる可能性が十分にある。
 第一洞口は入って、すぐに上下に分かれる。下は水穴となって水没する。上の洞を5m進むと、再び水穴と合流するが、その行き先は崩落岩塊によって塞がれている。水流は岩塊のすき間から流れ出てきており、気流も感じることができる。しかし、ディギングを行うには崩落岩塊が大きい上に落盤する可能性が高いので、非常に危険である。この場所のすぐ上に小さな抜け穴があり、そこを抜けると小ホールとなっている。天井も壁も白く、フローストーンっぽくなっている。前回の探検の時、ディギングで上洞とつないだルートは再び埋没していた。
 第二洞口は、第一洞口の右上方5mほどの所に開口している。洞口幅は約5m、高さは約2mと秩父の洞窟にしては意外と広い。入口から2mほど降りて洞床に立つことができる。その礫石で埋まった洞床の下から水流の音が聞こえる。
 洞は奥に向かって徐々に上がっていき、しだいに天井が低くなっていく。大量の岩塊が崩落しているせいである。そして、洞口から約15mぐらいで行き先は完全に塞がれてしまう。しかし、崩落岩塊の隙間より、すごい勢いで冷たい風が吹き出してきている。さらに崩落の向こう側には滝でもあるのか、ゴーッという激しい水流の音が聞こえてくる。前回の探検の時は、この風は確認できなかったし、水流の音も聞こえなかったように思う。
 とりあえず、この奥が続く可能性があるので、ディギングを行うことにする。そのディギング作業の合間に芦田が洞外に出て、洞口付近を探索したところ、第2洞口の上に風が吹き出ている半埋没洞口を発見する。また、豆焼沢鍾乳洞の横にある渇れ沢を登っていくと、巨大な石灰岩壁にたどり着くことができる。しかし、その付近で新洞を発見することはできなかった。一方、ディギングの方も4時間ほど作業したが、残念ながら開通には至らなかった。
 今回の豆焼沢鍾乳洞第2次探検ケイビングにより、予想以上に大きなな洞窟が発見される可能性が出てきた。多量の流水、強力な冷気の吹き出し、規模の大きな石灰岩壁、そして、秩父における洞窟地帯の特徴的な地形、これらのことを総合的に判断するならば、巨大洞窟の存在は十分にありえる。
(芦田 記)