洞窟探索講座

山岳石灰岩地帯での新洞探索の方法を教えます。地球クラブ会報「THE VOICE FROM WILDERNESS」に掲載されたものを加筆・修正しました。(1999年7月25日)

1.新洞発見の感動

新洞の発見。誰ひとりとして入ったことない洞窟に自分が最初に入るという、その行為はケイビングを志す者にとっては、おそらく最大の目標であり、最も魅力的な体験ではないだろうか。そうでない者がいるとしたら、その者はケイバーではないと言いきっても過言ではないと思う。
たとえ、どんなに短く、また鍾乳石などまったくない、泥や瓦礫ばっかりのきたない洞窟でも人類として第1歩をしるすというのは実に感動的なものである。その征服感は体験した者でなければ、絶対にわからない。ましてや、その新洞が何千メートルもある大洞窟だったり、あるいは二次生成物がいっぱいあるような美しい鍾乳洞だったなら、なおさらである。
おそらく、その感動を100パーセント言葉で言い表わすことは不可能であろうし、他人に話したところで、その感動のほんの一部しか伝えることができないであろう。すなわち、人跡未踏の地へ第一歩をしるす感動や征服感を味わえるのは、実際に新洞を最初に発見した者だけということである。
しかし、当然のことながら、すべてのケイバーが新洞発見を体験できるわけではない。たまたま偶然、新洞に入れる時があるかもしれないが、そういうことはまれである。新洞発見という成果を手にするには、それなりの活動が必要である。そして、その活動が何かというと、それは洞窟探索という活動である。何を当たり前のことを思われるかもしれないが、じつはこの洞窟探索、意外に行われていないのである。
それは多くのケイバーが未だに新洞発見の感動を知らないからである。誰ひとりとして入洞したことのない新洞に自分が第1歩をしるす感動がどれだけ素晴らしいことか知らないため、どうしても既存の大きな洞窟に入ることに喜びを見いだしがちになってうまうのである。そして、そうのような大きい洞窟はけっこうな数があるため、多くのケイバーは洞窟探索まで手を広げることがないのである。
洞窟探索には、大きく分けて2つの方法がある。1つは既存の洞窟の中で新支洞の発見なり最奥部の突破なりして新洞に入るといったものである。もう1つは机上調査、聞き込み調査、山狩りと0から始めて、100パーセント完全な新洞窟を発見するものである。当然、前者の方が容易であり、新洞を発見できる可能性は高い。しかし、発見した時の感動は後者の方がより大きいことは言うまでもない。
既存の洞窟での洞窟探索に関しては、活動というよりも意識の持ち方である。ただ漫然とケイビングするのではなく、常に新洞はないだろうかと洞内を注意深く観察することによって、新洞の気配を感じとったり、新洞発見の手がかりをつかみとったりするわけである。大切なのは新洞を絶対に見つけるぞという心構えなのである。
山の中での完全な洞窟探索に関しては、過去の経験がものをいう。たとえば、地形を見て、直感的にありそうな雰囲気だと感じること。これが重要なのである。このありそうな雰囲気がどういうものであるかを説明することは不可能で、その感触をつかめるようになるには洞窟探索の経験を積む以外に方法はない。もちろん事前に行う、地質や地形などの下調べが万全であるという前提は当然のことである。
どのような洞窟探索を行うにしても、そう簡単ではないということだけは確かである。ともかく1度や2度の洞窟探索で新洞を見つけることができなくても、それであきらめてはいけない。探索した付近には新洞がないことが確定したと考え、それも成果だと思えるゆとりを持つことである。ともかく洞窟探索は努力や根性だけでは続けられない。新洞を発見しようという意欲がなければ、とても続けることはできない。絶対に新洞に入るのだという心構えが最も大切なのである。
みなさんも、このホームページを見て、ケイビングを始めようと思ったのなら、ぜひとも洞窟探索にトライしてみてはいかがだろうか。このホームページで紹介されている洞窟だけではなく、自分たちで新洞を見つけだし、本当の洞窟探検にチャレンジしてみてほしい。もし一度でも新洞の発見を体験することができれば、それが病みつきとなり、ケイビングから足を洗うことができなくなるはずである。そうして、真のケイバーがまた1人誕生することになる。
なお、ここでする洞窟探索の話はあくまでも石灰洞を対象にしているということ、山岳地帯をフィールドとしている場合のことである。つまり、熔岩洞やカルスト台地の石灰洞などの洞窟探索には当てはまらないこともあるということである。奥多摩や奥秩父などのようにレンズ状の石灰岩体が分布する山岳地域向けの洞窟探索講座であると思ってもらいたい。
とはいえ、山岳石灰岩地帯以外のフィールドでの洞窟探索でも、まるっきり役に立たないということはないはずである。洞窟探索の方法論に多少、参考になる面があるのではないかと思えるので、熔岩洞やカルスト台地での洞窟探索の新たな手法の開拓に役立ててもらえればと思う。

2.既存の洞窟の中での新洞発見

それではまず既存の洞窟の中での洞窟探索について、いくつかのポイントに分けて説明しよう。
第1に通路が行き止まりの場合、どんな小さな穴でも(岩の割れ目や隙間なども)見逃さないこと。その向こう側が再び広がっている可能性は充分過ぎるくらいにある。PCC内には、この行き止まりのチェックに関して「自分の目で確かめるまでは人の報告は信用するな」という格言(?)まであるくらいである。最初の人間が見過ごしていた隙間を2番目の人間が見つけて、新洞を発見したことがあるからである。
また、割れ目や隙間の行き先が確認できなくても石をどけたり、洞床を掘ったりして簡単に広げられるようなら、必ずアタックしてみるべきである。さらに簡単こ開きそうもない場合でも行き先が続いているのが確認できたり、あるいは空気の流れを感じることができたら、それなりの努力を払うべきである。スコップやタガネ、ハンマーを使うデイギング作業は狭いところでは困難をともなうが、1時間や2時間くらいであきらめてはいけない。人間が通れるようになるまでがんばらなくてはならない。PCCではデイギング作業にのベ20時間以上をかけたこともある。
第2は狭洞のディギング突破を1歩進めた完全埋没洞のディギング突破である。埋没洞を掘り進むといっても、じつは3通りのパターンがある。1番目はガレ石の隙間から風が吹き出している場所を掘るパターンである。このパターンはけっこう開く可能性が高いし、その先が長く続いていることが多い。2番目はガレ石や砂地から水が流れ出ている場所を掘るパターンである。これは労力が大きい割には風が吹き出しているパターンほどは開かないし、開いても再び埋まっていることが多い。常に水流によって土砂の供給を受けているからかもしれない。3番目は測量図面から推測した主洞の行き止まり部分と思われる場所を掘るパターンである。このパターンは行き当たりばったりに近い手法のため、めったなことでは開かないが、いざ開くことができれば、けっこう続くことがある。博打的要素が大きいので勝負運があるとき以外はやらないほうがいいかもしれない。
なお、これら埋没洞突破のためのデイギング作業も、その心得は狭洞突破の場合と同しであることを忘れてはならない。PCCにおける活動では3回も穴掘りに通って、4回目にやっと入洞できたこともある。
第3にフローストーンの壁には注意すること。天井に穴か隙間のようなものが見えたなら、必ず登って入ってみるべきである。どうなっているかわからない場合もやはり登ってみる価値はある。フローストーン、すなわち、流れ石が流れてくるということは、その流れ元があるわけである。そこはたいていの場合、二次生成物におおわれた空間である。
PCCおける既存洞窟内での新洞発見パターンはディギング作業を行って入るものを狭洞突破と埋没洞突破に分けてしまうと、このパターンが意外にも1番多くなる。楽して、きれいな新洞に入りたいという人は、ぜひお試しあれ。ただ、このパターンと狭洞突破の複合というものもあるので、フローストーンの壁を登るときもディギング装備(スコップ・タガネ・ハンマー)は忘れずに持っていくこと。PCCではディギングの道具は個人の標準装備になっている!
第4は崩落岩塊のある場所の上方を調査してみることである。普通に歩ける通路に小山のようなガレ場があれば、天井に穴があるかもしれないと気がつくが、通路が大きな崩落岩塊でふさがっていて、その岩の隙間を抜けて奥に進む場合、上方に抜ける穴があることに気がつかないことが多い。意外に上方に空間が広がっていることが多いのである。
ただ、岩の隙間を抜けて上方に登っていくことになるので、落盤や落石の危険がないかどうかの確認を怠らないようにしなくてはならない。新洞発見も大きな目標だが、なにより安全が第一である(ディギングで1度生き埋めになった経験者からの貴重な一言)!
第5に測量図面のある洞窟の場合、その図面を見て、通路が不自然に欠けている箇所を見つけたら、洞内でその付近を徹底的に調査してみるべきである。狭い穴や埋没洞など、あるいはフローストーンの壁にアタックしてみるのである。ミッシングリングならぬミッシングケイブを発見できる可能性が高い。そして、この方法は規模の大きな洞窟ほど成果が大きい。大きな洞窟は最初のうち探検すべき場所がありすぎて、細かいところまでケイバーの目が届かず、また、測量作業の方も距離があるので、ある程度アバウトにならざるえず、結局、見過ごされた部分がそのまま残されることになるからである。

3.100パーセント完全な新洞の発見〜机上調査編〜

いよいよ100パーセント完全な新洞を発見する方法について述べたいと思う。やはりなんといっても、こちらの方が既存の洞窟内で新洞を探すよりもやり甲斐があるし、発見したときの感動も大きい。
100パーセント完全な新洞窟を発見する方法は3つの段階に大別される。まず第1は机上調査の段階である。そして、第2はヒヤリング調査の段階である。さらに第3は野外調査の段階である。この3つの段階の中でも特に重要なのがいちばん最初に行う机上調査の段階である。実際に山の中を歩き回る野外調査の段階よりも実は机上調査の段階の方が大切なのである。机上調査の段階で新洞発見の成否の半分以上は決定していると言っても過言ではない。つまり、いくら山の中で洞窟を探し回っても、もともとその付近に洞窟が存在しない限りは発見することができないのであるから、当然と言えば当然である。
では、その机上調査の段階で、どのようなことを行うのか? まずは資料集めである。付近の地形図は当然として、地質図なども入手したい。なにも正式な地質図ではなく、なにかの地質文献に付いている簡単な図でもかまわない。また、それが存在するのならば、洞窟関係の文献や地質関係の文献など。さらに登山や沢登りのガイドブック、沢釣りガイドなども意外に役に立つことがある。地元の地誌や観光案内書、はては名瀑や名水の紹介本まで、ともかくなんらかのヒントになりそうと思われるものは可能な限り、片っ端から集めることである。
そして、次に行うのが集めた資料の整理である。地質図や地学関係の文献を見て、どこに石灰岩地帯があるか確認する。その分布を地形図の方へ色鉛筆で書きこんでおくと、情報を分析、検討する段階で大変に便利である。洞窟や地質関係の文献、あるいは観光案内書や登山ガイドなどで、既存の洞窟の位置がわかっているのなら、その所在も書きこむ。実際に谷や沢に水が流れているかどうか。また、湧水や沢の伏流などがあるかどうか。それらの情報も沢登りのガイドブックや沢釣りのガイドブックでわかる限り、地形図に記入しておきたい。
このようにして、各種の情報を細かく記入した地形図ができあがったら、いよいよ、その分析と検討である。まず、既存の洞窟の位置を確認する。それぞれ、標高が何mか。同一地域では洞口の標高がある程度そろう。どうしてそうなるかは地質学的な説明があるのだが、この場は省略させていただく。ともかく同じくらいの標高に複数の洞窟が存在すると認識していただきたい。たとえば奥多摩地域では標高700m前後に、秩父地域では標高700mと900m前後に複数の洞窟が存在している。地形図の洞窟分布標高を色鉛筆かマーカーなどでぬっておくと一目瞭然である。もちろん、その範囲に洞窟が100パーセント存在しているわけではないが、ある程度集中して存在してはいるので、それだけでも探索の大きな目安にはなる。
さらに山の木が人工的に植林されたものか自然のままの雑木林かのチェックも行いたい。地形図の記号を見れば、どちらの森林かは簡単に確認できる。そして、その雑木林の分布も色鉛筆で囲むなりして、わかりやすくしておくとよい。日本の場合、植林可能な場所のほとんどに針葉樹が植林されているか、植林されつつある。針葉樹林の中に雑木林が残っていたら、その場所は植林に不向きな場所ということになる。つまり、岩場か急峻な崖ということで、当然、石灰岩体が地上に露出している場所は、その条件を満たすことになる。もちろん植林された針葉樹林の中に洞窟がある場合もある。しかし、その場合は当然、植林作業の段階で洞窟の存在が発見されているわけで、逆に植林されていない雑木林では人があまり入っていないので、洞窟があっても発見されないことが多い。また、たとえ雑木林でも登山道などが近くを通っている場合はけっこう洞窟が発見されている。
そこで地形図の洞窟分布標高内にある石灰岩地帯で、なおかつ雑木林となっている場所に注目してみよう。その中に岩場や崖、急斜面がないかどうか探してみる。さらに近くに谷や沢があって、水が流れているかどうかも確認する。水流から離れた尾根筋でも洞窟がないわけではないが、たいていの場合は縦穴で、そのうえ、発見するのがけっこう困難である。さらに横穴の場合はあまり洞窟の規模が望めない。やはり水が出ていないと大きな洞窟は期待できないのである。逆に大きな規模の洞窟が望めるのは、沢が崖や急斜面に対し、直交していて、崖の下には水流があるが、上には水流がなく、若干平らな地形、あるいは緩やかな伏流沢になっているような場所である。つまり地表水が地下の石灰岩体に浸透して、表土を流さないわけである。当然、石灰岩体の中に洞窟が形成される可能性が大きくなる。
100パーセント完全な新洞窟を発見するための第一段階である机上調査とは、このように多量に資料を収集整理し、詳細に情報を分析検討することである。そして、この机上調査の段階において、探索すべき場所がすべてにわたって、これらの条件をクリアしていれば、実際の野外調査の段階においては、洞窟の大小さえ問わなければ、ほとんど半分くらいの確率で新洞を発見することができる。すなわち、机上調査の段階こそが洞窟探索の最大のポイントなのである。

4.100パーセント完全な新洞の発見〜ヒヤリング編〜

さて、次はヒヤリング調査の手順についてである。やはり公共の組織である役場や営林署などで話を聞くのが第一歩だ。役場の場合は、とりあえず観光課や教育委員会などで話を聞いてみること。場合によっては、地元の、そういうことに詳しい人を紹介してくれるかもしれない。その次に地元の集落で聞きこみをして、山仕事や猟師をしている人などを教えてもらい、話を聞きに行く。
このヒヤリングを行う時に注意しなければならないのは、礼儀をわきまえ、誠意をもって当たらなければならないということである。さらに自分たちの立場を情報提供者(組織)に正しく説明することである(まあ、趣味で洞窟に入っているのを洞窟調査していると言い換えるくらいはいいかと思います)。これらのことは当たり前の話だが、けっこう大切なことなのである。
たいていの人はケイビングというアウトドアスポーツがあることを知らないし、洞窟を探している団体がある(個人がいる)などとは想像外のことなのである。見知らぬ人間が突然、連絡してきて洞窟の情報を教えてほしいと言っても、うさんくさがられるだけである。とくに最近は例のオ○ム問題で、役場・個人ともに山の情報を求めようとするよそ者に対して警戒心を持つようになっている。
そういうわけで、可能な限り、情報提供者(組織)には好印象を持ってもらわなければならないのである。また、相手に与える印象がよければ、積極的に情報を提供してくれ、探索に協力してくれるかもしれない。
さらに新洞窟を発見した場合にも探検・調査・測量などの活動に対して協力を得られるかもしれないし、それらの活動を通じて信頼関係を生むことができるかもしれない。そのようにして信頼関係を築いておくことで、その後の洞窟探索をスムーズに進めることも可能になるはずである。
PCCは奥秩父の大滝村でずいぶん長く洞窟探索を続けてきたが、最初のころはヒヤリングを行うたびに不審な目で見られ、いちいち説明するのが大変だったが、今ではヒヤリングで洞窟を探していると言うと、すぐに理解を示し、いろいろと親切に教えてくれるようになっている。
さて、そのヒヤリング調査の聞きこみ内容についてであるが、洞窟があるかどうか聞くのは当然として、その他に石灰岩の露岩があるかどうか、湧き水や風が吹き出す小穴などがないか、これまでに洞窟調査などが行われたことがないかなどを聞く。
ところで、ここまで言っておいて、こう言うのもなんなのだが、このヒヤリング調査、じつは労多くして実りが少ないというのが、だいたいのパターンなのである。まれには有望な情報を聞き取ることができるのだが、たいていの場合、情報皆無か参考程度にしかならないものばかりである。
それは、ほとんどの人が洞窟に対して、ケイバーが思っているほど、興味を持っていないからである。頻繁に山に入っている人でも洞窟に興味を持っていないと、それらに関する記憶はあやふやになってしまう。さらにケイバーでない人にとって、洞窟とは立ったまま普通に歩いて奥へ入れるものであって、匍匐前進や懸垂降下して入洞するものではないということである。小さい穴が開いていて、風が吹き出していても、洞窟とは思わないのである。
PCCが奥秩父で発見した瀧谷洞の洞口も、あとから聞くと地元の猟師の方は知っていたとのことだったが、奥がずっと続いている洞窟とは思っていなかったと言っていた。実際、この方には瀧谷洞を発見する前に1度ヒヤリングしており、その際には何も情報を得ることができなかった。
ヒヤリングの際、うまく洞窟情報を引き出せればよいのだが、実際にはなかなかむずかしく、有益な情報を引き出すのは相当に困難なことなのである。つまり、ヒヤリング調査の成否は情報提供者が自覚していない洞窟情報をいかにうまく引き出せるかどうかにかかっているわけである。
──とヒヤリング調査に否定的な話をしてしまったが、もちろん、最初に言ったようにヒヤリング調査がまったくむだというわけではない。多少は参考になる情報を得ることもできるし、まれには有望な情報を得ることもできる。また、ほんのちょっとした情報から大発見という可能性も否定できない。
要はヒヤリング調査にしても野外調査にしても同じなのであるが、1パーセントの可能性から100パーセント完全な新洞を発見する! 99回空振りしても1回大発見すればいいわけである。それが洞窟探索の醍醐味であり、ロマンなのである(負け惜しみかな)。
そして、ヒヤリング調査が終了したら、その情報と事前に机上調査で検討した情報をあわせて、いよいよ洞窟探索の本番、野外調査の開始である。

5.100パーセント完全な新洞の発見〜野外調査編〜

準備中。

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