矢弓沢第3次洞窟探索

1998年11月21日(土)、群馬県多野郡上野村矢弓沢で第3次洞窟探索を行う。参加者は芦田、小堀、山西の3名。
前回の第2次矢弓沢洞窟探索では皆戸山の北面と東部で洞窟探索を行ったので、今回は南面と西部で探索を行うことにした。
9時に皆戸山の直下、林道がヘアピンカーブしている標高1150m付近に到着した。着替えをすませ、9時30分に車を出発。皆戸山の山頂直下の急斜面を涸れ沢に沿って登っていく。下から見たときは、それほどの高低差を感じなかったが、実際に登ってみるとけっこうな登りであった。結局、10時過ぎに皆戸山の山頂に到着した。
山頂は南北両側が切り立った石灰岩壁となっていて、東西にのびる屏風状尾根のピークであった。そのピークは約3畳ほどの平地で360度の展望が確保できる。天気にも恵まれ、遠くの山々が一望のもとに見渡すことができた。
南東の彼方には現在、石灰岩が採掘されている叶山(群馬県多野郡中里村)の無惨な姿があった。その向こうには双子山(埼玉県秩父郡小鹿野町)の東西2つ石灰岩峰があった。双子山も南北が絶壁の東西に屏風状の山であるが、西側にも規模の大きな石灰岩壁があることが確認できた。過去に東岳の南北岩壁は洞窟探索を行っているが、西岳はまったく行っていない。ぜひとも、近いうちに双子山の西岳でも洞窟探索を行いたい。
北東の方にも複数の石灰岩壁のような壁が見える。石灰岩体があると言われる赤久縄林道がある辺りであろうか。その付近までの地形図を持っていかなかったので、確認はできなかった。
南側には矢弓沢洞がある石灰岩峰があったが、尾根を隔てて、その向こうにも石灰岩峰があることが判明した。地形図には崖の印はないが等高線が密になっている。岩壁は矢弓沢洞と同じ標高なので、そこにも洞窟がある可能性が非常に高い。後ほど、その岩壁がある沢にも入ってみることにする。
さらにそのはるか向こうにも石灰岩峰を確認できた。おそらく上野村坂下の石灰岩峰ではないかと思われる。つまり、はるか南東の白石山(埼玉県秩父郡小鹿野町)から始まって、双子山、叶山、立処山(群馬県多野郡中里村)、不二洞、生犬穴、坂下の石灰岩峰、矢弓沢洞、皆戸山までというラインで断続的に石灰岩体が分布しているわけである。
また、矢弓沢洞の対岸にも小さい石灰岩峰が確認できた。これまでは草木がおおっていてわからなかったもので、紅葉で山が枯れて、見えるようになったようである。そこにも洞窟がある可能性があるので、後ほど探索に行くことにする。
北の方にも巨大な白っぽい岩壁を遠望できるが、果たして石灰岩壁かどうかは不明である。花崗岩の可能性もある。やはり地形図がなく、場所をはっきりと特定することはできなかった。
西側の方は、この皆戸山の石灰岩帯が続いているのではないかと、じっくりと観察したが、顕著な岩壁は見当たらず、石灰岩体の有無も確認することができなかった。ただ西に向かう尾根すじにはカレンフェルド状の石灰岩が点在していた。

 11時前に頂上から東に向かって降り始め、頂上直下北側の石灰岩壁の下に回り込んだ。溶食された小穴は確認できたが、人間は入れそうにない。その後、頂上の西側の尾根を越えて、頂上直下南側の石灰岩壁の下に回り込んだ。そこには人が入洞できるほどの小穴があった。ただし、奥行きは3mほどしかなかった。一応、『皆戸山頂上直下の穴』と命名する。
そのまま岩壁下を東に向かって移動する。しばらくすると岩壁が一旦途切れるが、上方と下方で、それぞれ続いている。まずは上方の岩壁沿いに進むことにする。12時ごろ、尾根沿いの芦田と岩壁下沿いの小堀、山西組に分かれて、探索を続ける。芦田は一旦北面の斜面に出てから東の尾根を回り込むようにして、南面の岩壁下に向かう。小堀、山西組はそのまま岩壁下沿いに進み、13時ごろ、石灰岩壁下で東西から合流する。
合流した付近の岩壁下は、それまでの急斜面ではなく、なだらかな平地で、さらに若干窪んでいる場所もある。ドリーネかどうかは不明であったが、その窪みのある平地の先にある崖の下に回り込んでみることにする。岩壁にはクラック状の割れ目が多数あり、石灰岩の溶食も激しく、非常にあやしい場所であったが、残念ながら洞窟は1本もなかった。
その後、南面下方の岩壁に3人で向かい、今度は西に向かって移動した。非常に大きい石灰岩壁であったが、洞窟はまったくなかった。そして、結局、皆戸山頂上直下の穴まで戻ってしまった。しかたがないので行きに登ったルートで山を下り、14時に車に到着。そのまま、矢弓沢洞前まで車で移動し、そこで昼食をとった。
昼食後、矢弓沢洞対岸の小石灰岩峰で洞窟探索を行う。ここには1~2mくらいの小穴が10本近くあったが、わざわざ名前を命名するほどの洞窟はなかった。

 15時、小堀、山西は矢弓沢洞に上の洞口より入洞する。一方、芦田は矢弓沢洞の上の洞口の右にある匍匐前進で入洞できる小穴に入洞する。すると意外なことに、奥部の方では人が入った形跡がなく、まったくの新洞であった。さらに直角に曲がる狭洞から奥をのぞくと、石筍や石柱が確認できた。芦田はすぐに出洞し、矢弓沢洞に入洞していた小堀、山西を呼んだ。

 再度、3人で新洞に入洞して、狭洞を突破したところ、奥行きは20mほどで行き止まりだったが、つらら石、石筍、石柱、カーテン、フローストーンなどのたくさんの種類の二次生成物があることを判明した。一応、矢弓沢洞とは別の洞窟ということで、『矢弓沢洞右の穴』と命名した。なお、直角に曲がる狭洞部分は抜ける際、身体を石柱やつらら石にぶつけないよう十分に注意しなければならない。
矢弓沢洞右の穴を出洞後、再度、矢弓沢洞に3人で入洞し、最下層部に向かった。最下層部の天井には数多くのコウモリが冬眠状態でぶら下がっていて、おそらく50匹以上はいたと思える。ともかく至るところで冬眠しているので、ぶつかってコウモリの冬眠をじゃましないように注意しなければならない。
16時に出洞し、車に戻る。結局、尾根向こうの、もう1つの石灰岩峰までは時間切れで探索が行えなかった。それについては次回の課題としたい。風が強くなり、寒くなってきたので着替えもそこそこに、上野村の『いきいきセンター』に向かう。そこで温泉につかり、全身をマッサージし、十分にヒットポイントを回復してから帰途についた。
(芦田 記)