2003年9月8日(月)、北海道瀬棚郡今金町美利河にあるピリカ鍾乳洞の温泉水調査を実施した。参加者はPCCから小堀と石母田、PCC以外から佐藤が参加した。
ピリカ鍾乳洞は概ね45度の傾斜を持つ15m程度の竪穴で、その底に温泉水が湧出する極めて珍しい鍾乳洞である。通常は入洞禁止であるが、今回は学術調査ということで、今金町教育委員会から特別に入洞許可をもらった。
今回の調査内容は九州大学の吉村先生から依頼されたもので、洞窟内、洞窟外露天風呂、谷川の水を濾過して採取し、pHと温度も測るというものである。吉村先生によると、この試料を元に主成分分析を行うとのことである。
前日は奥ピリカ温泉山の家に泊まり、夜遅くまでかかって水採取の準備をした。斜洞なのでザイルにぶら下がったまま両手を使ってpH計、注射筒、投薬瓶を扱わなければならない。底無しプールなので器具をうっかり落としたら回収できない。そこで考えたのが次のいでたちである。
プラスチック製の四角いゴミ箱(コンテナ)を首から釣るし、そのコンテナに各器具(pH計、温度計、pH7・pH4・超純水の各標準液、ハサミ、油性マーカー)を凧糸で結びつけた。採水は原水を注射筒に吸い込んで、フィルターを付け、投薬瓶に濾過しながら注入しなければならないので、何度もフィルターを付けたり外したりしなかればならない。その間、フィルターや注射筒を汚してはならないので、その置き台を厚紙で作り、コンテナの中にガムテープで貼りつけた。更に、注射筒や投薬瓶を洗浄した水はプールに捨ててはならないので、麦茶を入れるプラスチック容器をコンテナの中にガムテープで貼りつけた。各器具の水を拭うための布巾も入れた。デジカメは凧糸でツナギの胸のポケットに結びつけた。
当日(9/8)はあいにくの雨。今金町教育委員会の寺崎先生と合流する前に露天風呂と谷川の採水を終えたいので、食事もそこそこに行動を開始した。ツナギを着てSRT装備を付け、このコンテナを首から下げ、ポンチョを被って出かけた。なんとも珍無類な格好である。
露天風呂の湧出孔は山体下部に開いた小さな洞窟で、結構な量の温泉が流れ出していた。その位置は露天風呂から3mぐらいなので風呂に入っている人が丸見えである。人が露天風呂に入っていたらいやがるだろうなと心配したが、採水している間、幸いにも入浴者がいなかった。谷川の採水地点は山の家の排水口の上流を選んだ。
雨が強く、記録用紙がぬれると油性マーカーでもすぐ書けなくなってしまった。何回も力を入れて書くことにより、どうやら読める程度の記録が残せた。洞窟測量に使う濡れても大丈夫な紙と鉛筆を用意すべきであった。寺崎先生と合流する直前にやっと採水作業が終わった。忙しかった。
10:00に奥ピリカ温泉の駐車場で寺崎先生と合流。洞口は駐車場の直ぐ脇にある。駐車場からは5mほどの鉄の階段を登ってゆく。洞口には鉄格子が嵌っていたが先生が右半分の鉄格子を外してくれた。先生は洞窟は専門外とのことでそのまま帰っていった。
洞口の大きさは幅1.5m、高さ0.8mぐらい。洞口は南に向いており、斜洞は左斜め下に伸びていた。洞口からはかすかに湯気が立ち昇っていた。洞口でタバコの煙をなびかせてみたが特に強く上昇する様子でもなかった。
洞口の右上にある木をメインのアンカーにし、左の木から引っ張って、斜洞の中央部分にザイルを固定した。50mザイルを2つ折りにしてダブルで降ろすことにした。1本はレスキュー用である。
小堀がトップで下降。入って直ぐ3mほどの垂直な壁があり、洞口に立つ者のつま先が見えなくなると小さなオーバーハングである。あとは45度の斜面がプールまで続いている。斜面は凹凸が多く、足場は豊富だった。これなら8環だけでも上下できる。この洞をよく知っている江差高校の日下先生によると「9月は青大将がうじゃうじゃいることが多い」とのことであったので、一歩一歩足元を確認しながら下る。青大将を追い払う折畳み式の杖を、佐々木小次郎張りに背中に背負って下降したのだが、幸い青大将はいなかった。ホッとした。天井に蝙蝠が群れをなしてぶら下がっていた。
まず洞口直下の地点で採水作業。温泉プールの縁に洞口からの落下物が溜まり、人一人立てる平面がある。ザイルにセルフビレイして水際にしゃがむ。(1)温度測定、(2)pH計校正、(3)pH測定、(4)注射筒洗浄、(5)注射筒に原水吸入、(6)フィルターを付けて濾過水で投薬瓶3本を2回ずつ洗浄、(7)フィルターを外して注射筒に原水を吸入、(8)フィルターを付けて最初の投薬瓶に濾過水を満タンに注入、(9)同じ作業を繰り返し、投薬瓶2本に濾過水を肩まで注入。
温泉プールが落石等で濁るとこまるので、この一連の作業を終えるまでセカンドは入ってくるなと言っておいたのだが、結構な時間がかかるので待ちきれなくなったのか、石母田がレスキュー用のザイルで降りてきた。プール際をザイルにつかまりまがら動き回っているので、しばらくじっとしていてくれと頼む。
洞窟内の水面に浮いたチリが左側に流れている。露天風呂は右側なので、山体内で湧出した温泉が、露天風呂と洞窟内プールに流れ込み、洞窟内の温泉水は最終的には左側にある本流の谷川に流れ込んでいるのではなかろうか。
対面のオーバーハングした岩壁に大きな蛇の抜け殻がぶら下がっている。現在の水面より1mは上である。とするとごく短期間の間に水面が1mも上下するのであろうか。鹿島論文では露天風呂の水面の方が1m高いことになっているので、雪解け時には洞窟内の水面も1m上がるのかも知れない。後日この疑問を日下先生にぶつけてみたら「それはないでしょう。蛇は相当な岩壁でも這って登るので、あれは自分で這って行ったと思う」とのことであった。
吉村先生から洞窟内では複数地点で採水するよう頼まれていたので、ザイルを横に引っ張って、3mほど離れたところにある傾斜50度ほどの斜面に移動。ここは前につんのめりそうで水に向かって作業するのは無理だった。セルフビレイの位置を下げ、尻を水面スレスレに下ろして採水作業開始。右足を常に踏ん張っていないとザイルに引き戻されそう。
ようやく1本目の採水が終わったところで不用意に立ちあがったら、右に引っ張られ、見事に温泉プールにドボンと落ちてしまった。確かに温泉だ。暖かい。測定器具はコンテナに結び付けてあったので何も失わなかった。温泉プールが濁ってしまったので、採水作業はここで中止。胸のポケットに入れておいたデジカメも水浸しで動かなくなってしまった。まだ谷川の採水地点を撮影していないのに困ったものだ。ほうほうの体で出洞し、山の家で乾いた衣服に着替え投薬瓶を確認したら、洞内の第2地点で採水した1本が失われていた。
小堀が出洞した後、佐藤も入洞し、石母田と一緒に洞内観察。最後は石母田がザイルを撤収し、鉄格子も元に戻して駐車場に引き上げてきた。相変わらず強い雨の中、荷物をまとめ、自動車に積みこんだ。15:30に今金町教育委員会の寺崎先生に「無事出洞した旨」電話を入れようとしたが、圏外で通じなかった。自動車で人里に出てから連絡した。
なお、洞内の温泉プールの深さについて日下先生に聞いたところによると、ダイバーが洞内プールに潜ったときは命綱を16mまで繰り出したが、水が濁って先が見えなくなったので引き返したそうである。潜った方向は概ね水平方向とのこと。とすると温泉プールの面積はかなり大きいが深さは不明のようである。
温泉本には「ピリカ温泉鍾乳洞」として洞窟縦断面図が紹介されている。実際に測量したものではないらしく、傾斜70度ぐらいの竪穴で、洞口から水面までの高低差は13m、温泉プールの深さは5mとして描かれている。洞口から見下ろした感覚では確かにこのくらい急に見える。源泉温度は38℃、pHは7.6、湧出量は669リットル/分となっているが、これは露天風呂の湧出孔の測定値であろう。
(小堀 記)