2026年3月8日(日)、南牧村大久保にて洞窟探索を実施した。
事前の聞き取りや古地図により洞窟の存在は確認されているものの、洞口の位置が不明瞭な大久保集落の竪穴を探すことが今回の目的である。
参加者は芦田会長、須藤、土橋、小竹、臼倉、飯島、長田の7名。
9時50分頃、四ツ又山登山口を出発。思ったより気温が低く皆寒がっていた。探索範囲が谷筋であることから、念のためチェーンスパイクを持参していたが、残雪は無かった。

鹿岳・四ツ又山の分岐に差し掛かったところで、二手に分かれて探索することにした。
沢沿い側を芦田会長、須藤、土橋、長田の4名、畑および斜面側を小竹、臼倉、飯島の3名が担当した。
沢沿い側は石灰岩のかけらが一部に転がっており、洞窟がありそうな雰囲気であった。一方、畑側は全体的に土ばかりで、果たしてこのような場所に竪穴があるのだろうかという印象であった。
自分(長田)は沢沿いの畑側を上流に向かって進んでいたが、途中で進行が困難になったため、一度斜面を巻いて畑側の班に合流した。しばらく進んだのち、沢沿い側の支流の涸れ沢探索に人手が欲しいとの連絡があり、畑を過ぎた後の斜面を下って再び沢沿い側に合流した。
支流の涸れ沢にはところどころ岩塊があり、洞窟がありそうな気配はあったものの発見には至らなかった。沢沿いには横穴が1か所あったが、奥行きは2メートルにも満たない小さな洞穴であった。

支流から引き返し、日当たりの良い場所で軽食を取る。正面の畑の小屋付近が怪しいとのことで、とりあえず確認に向かった。実際に小屋の横に窪みがあり、ポールを刺してみると半分ほど埋まったものの、竪穴とは言い難い状況であった。


その後いったん沢まで戻り、畑手前の涸れ沢を探索したが、炭焼き窯のような構造物と奥まで続く石垣が見つかったのみで、肝心の竪穴は発見できなかった。



その後、駐車場に戻っていた小竹さんと土橋さんが、駐車場で作業をしていた方からより具体的な竪穴の情報を教えてもらい、再度畑周辺をくまなく探索した。しかし結局発見には至らず、終了予定時刻も過ぎていたため下山した。
今回の活動は、新洞探索の難しさと事前の情報収集の重要性を痛感する結果となった。
だいぶ近い所を歩いていたと思うがなかなか見つからないものである。
なお今回の探索で目的の竪穴とは別の須藤さんが奥行き4mぐらいの横穴を発見している。
(長田 記)