不老鍾乳洞第1次練習ケイビング

1983年4月30日(土)、東京都西多摩郡奥多摩町不老の不老鍾乳洞で第1次練習ケイビングを行なう。参加者は芦田、竹腰、村井、山田の4名。
 今回は1950年代に発行された観光ガイドブックに紹介されていた観光洞、不老鍾乳洞に出かけることになった。しかし、不老鍾乳洞についての情報はまったくなく、どこにあるかさえ判然としない。とりあえず不老集落でヒヤリングしてみるということで、現地に出かけていった。
 奥多摩駅から東日原行きのバスに乗り、不老で下車する。山道を不老集落に向かって登っていく。5分ほどで集落にはたどり着けた。さっそくヒヤリングしてみたところ、すぐに場所を教えてもらえた。山の中を北に向かう作業道を進み、開けた谷沿いに山の上に向かって登っていくと、左側の斜面の上の方に洞口があるとのこと。
 そして、その情報にしたがって、不老鍾乳洞を探し回るが、なかなか見つけられず、結局、洞口を発見したのは2時間後であった。そこで洞口下の雑木林の中で昼食をとり、午後から入洞することにした。
 不老鍾乳洞の洞口は急な斜面を登ったところにある小さな石灰岩壁の中ほどにあったが、鉄梯子がかかっていたので、簡単に入洞することができた。
 入り口付近は狭く、迷路状であるが、ともかく上方に抜け、本洞に出た。本洞は狭くもなく、広くもないといった感じで、下に向かって下っていた。洞壁には洞窟珊瑚が削られずに残っていた。
 本洞を下まで降りると、左へ曲がって、今度は登りになる。そこから先は斜めの摂理に沿って洞窟が形成されたためか、斜面、あるいは洞床が傾いた場所が多かった。2回ほど斜面を登ると、小ホールに出る。そこから上にのびる支洞があった。その支洞の上方にはつらら石、石筍、カーテンなどの二次生成物が見られた。
 小ホールから先のルートは悪戦苦闘である。身体をひっくり返して、ねじって抜けなければならない箇所や洞床が斜めに傾いた天井の低い箇所やヘルメット、胸、腰の全部が引っかかって、身体を抜くのに10分近くもかかるような超狭洞などが続くのである。
 それらの難所を抜けたところの上方にある小ホールのつらら石は数が多く、見事で、それまでの苦労が報われるようだった。そこがとりあえず最奥部で、再び難所を通過して、洞外に向かった。
 不老鍾乳洞の洞内はあまり荒れておらず、さすが昔、観光洞だっただけのことはあると思った。適度のチムニーや超狭洞などがあり、新人の練習ケイビングにはもってこいの洞窟である。
(芦田 記)